2025.7.14(月)
今日はおじいちゃんのお葬式。
雨が降るぞと言われていたけど、朝焼けが美しい、気持ちのいい朝だった。
家から徒歩3分の所に住んでいるのに最近は全く顔を合わせていなかったから、正直、悲しいという気持ちはあまり沸いてきていなくて、「そうか、おじいちゃん逝ってしまったか」という気持ち。
同世代の父方の従兄弟はエリート揃い。学生の頃から目立った取り柄のない落ちこぼれの私は勝手に居心地が悪くなっていて、どんどん父方の親戚行事に顔を出すことも少なくなっていた。
大人になってからは流石に少し顔を出すようにはしていたけど、どこかずっと苦手意識があったし、周りの従兄弟たちにはぎこちない対応しかできない。だから、おじいちゃんにとってもそこまで可愛い孫では無かっただろうなと思う。
それでも、ピアノやギターを教えて貰ったこと、ピアノ教室の帰りにご馳走してくれた喫茶店のミックスジュース、「こしあんはほんまに美味そうに飯食うなあ」と何度も言ってくれたこと。1つ思い出したらぽんぽん、ぽんぽんとおじいちゃんのくれた言葉や景色を思い出して、ああ、色々貰っていたんだよなあと気付く。
よく、「居なくなっても、残された人の心で生き続ける」というような言葉を目にするけれど、こういうことなんだろうか。
そんなことを考えながら、ぽんぽんと頭の隅から飛び出してきた記憶の中を覗いてる。
音楽が好きで、ギターやベース、ピアノはもちろん、管楽器までずらりと揃えていたおじいちゃん。几帳面で、小さな引き出しやコード1本1本にもテプラを貼って丁寧に整理していたおじいちゃん。そんなおじいちゃんが自慢でした。
沢山沢山思い出をありがとう。
そちらでも朝から爆音でベースを楽しんでね。
沢山沢山お世話になりました。またね。